大判例

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最高裁判所第一小法廷 昭和55年(オ)589号 判決 1980年10月23日

上告人

青木堅太郎

右訴訟代理人

大矢和徳

被上告人

津市

右代表者市長

岡村初博

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人大矢和徳の上告理由第一点について

所論の点に関する原審の判断は、その説示に照らし、正当として是認することができる。論旨は違憲をいうが、その実質は、独自の見解に基づき前訴確定判決の既判力に関する原判決の解釈の不当をいうものにすぎず、また、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でなく、採用することができない。

同第二点について

売買契約による所有権の移転を請求原因とする所有権確認訴訟が係属した場合に、当事者が右売買契約の詐欺による取消権を行使することができたのにこれを行使しないで事実審の口頭弁論が終結され、右売買契約による所有権の移転を認める請求認容の判決があり同判決が確定したときは、もはやその後の訴訟において右取消権を行使して右売買契約により移転した所有権の存否を争うことは許されなくなるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、原審が適法に確定したところによれば、本件被上告人を原告とし本件上告人を被告とする原判示津簡易裁判所昭和四五年(ハ)第一五号事件において被上告人が上告人から本件売買契約により本件土地の所有権を取得したことを認めて被上告人の所有権確認請求を認容する判決があり、右判決が確定したにもかかわらず、上告人は、右売買契約は詐欺によるものであるとして、右判決確定後である昭和四九年八月二四日これを取り消した旨主張するが、前訴において上告人は、右取消権を行使し、その効果を主張することができたのにこれをしなかつたのであるから、本訴における上告人の上記主張は、前訴確定判決の既判力に牴触し許されないものといわざるをえない。したがつて、これと同旨の原審の判断は正当であつて、原判決に所論の違法はなく、所論引用の判例は、事案を異にし、本件に適切でない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に立つて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

同第三点について

記録にあらわれた本件訴訟の経過に照らせば、原判決に所論審理不尽の違法があるとは認められない。論旨は、採用することができない。

同第四点について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(本山亨 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗 谷口正孝)

上告代理人大矢和徳の上告理由

第一点<省略>

第二点 原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違背があるから取消されるべきである。

原判決は上告人が原審において、「仮りに百歩を譲り、前訴の受訴裁判所の釈明権の不行使は暫く措くとしても、判例は債権が存在しているとの確定判決があつても、その債権について詐欺その他の原因によつて取消権を有している場合は、既判力の標準時である最終の口頭弁論期日に取消権を行使しうるとしている(大審院大正一四年三月二〇日判決民集四巻一四一頁)。そして控訴人が詐欺を理由とする取消の意思表示をしたのは、本件訴状においてであるから、第一次的請求原因中少くとも詐欺の主張については前訴の既判力には牴触しないことが明らかである。」と主張したのに対して、「欺詐を理由とする取消権の行使と既判力の時的限界に関する控訴人の見解は、当裁判所はこれを採用しない。控訴代理人指摘の大審院判例は、最高裁判所昭和三六年一二月一二日判決(民集一五・一一・二七七八)によつて実質的に変更されたものと解される。」と判示した。

然し乍ら、判例は詐欺による取消と同じ形成権の一である相殺権については口頭弁論終結後の相殺を認めているのであるから(最高裁昭和四〇年四月二日第二小法廷判決、民集一九巻三号五三九頁)、詐欺による取消についても、口頭弁論終結後の取消が認められて然るべきである。更に実体法上は取消の意思表示があるまでは、取消権は消滅しないこと、取消の意思表示をするかどうかは取消権者の自由であることを考えれば、口頭弁論終結後の取消を認めるのが当然である。有斐閣、中野貞一郎・強制執行と破産の研究三六頁も同様の見解を述べている。

然るに原判決は前記のように上告人が前訴の口頭弁論終結後に為した取消の主張は前訴の既判力に牴触する旨判示しているのであるから、原判決が民事訴訟法第一九九条の解釈を誤つたものであることは明らかである。そして右解釈の誤りが、原判決に影響を及ぼすことは明白であるから、取消されるべきである。

第三点、第四点<省略>

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